なろうマンガ・B級マンガなどの感想

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田中さんをして「善良な人だよ」としか評価しないのはあまりにも田中さんに無関心すぎる気がする

https://www.tyoshiki.com/entry/2020/08/01/193816

で名指しでトラックバック送り付けてきて「大げさだ」とか「悪く取りすぎている」ってコメントをしてきたのでそれなりの手間暇かけて応答したら
「私のような感想があってもいいと思いました」みたいな返しだけされたのでものすごい肩透かしだった。


すごい時間の無駄をしたなという感覚に陥っている。


この人、私の記事に言及してるけど私の記事にみじんも興味がない。自分の考えしか興味がない。こちらとの対話なんかまったく求めてなかった。
ああそうですか、だったらトラバ送ってくるなよって思った。本当に時間を返してほしい。




向こうが対話を求めてないということですごい雑に、取っ散らかった書き方をするけれど。






慇懃無礼に返事を書いたせいで伝わらなかったのかもしれないけれど、「優しい」は皮肉なんだよねぇ‥‥

本当は「ものすごい無関心で冷たい」って言いたかった。それ知り合いですらない他人の距離感での評価やんって思った。「なんでそこまで関心がないのに言及したのか」っていうのが純粋に不思議。




そうだね、田中さんの暮らしぶりを見て「善良な人だ」と評価するのはものすごく簡単だね。基本的に犯罪を起こさず遅刻もせず納税をして暮らしてる人はみな善良だっていうだけなら漫画読んだ意味ないよね



でもさ、繰り返すけれどそれって「一切かかわりあいのない他人」に対する距離感での評価だよね。そういう評価でいいなら、そもそも作品を読む必要がないと思うんだよね。あの作品を読んで、それしか評価が出てこないって私からしたら尋常でない違和感がある。




トラバで送ってこられた記事を見て最初に思ったのはこの記事。

anond.hatelabo.jp

ロボコンでもeスポーツでも同じだけど、
技術を競い合うような大会で選手の見た目や雰囲気などに言及する奴って、選手や競技そのものにたいしてリスペクトがないんだよ。だから、どうでもいい容姿の話をぶちこんでくる
ぷよぷよの上手い学生集めて競わせて優勝者決めて、そんな大会開いてるくせに実のところお前ら三人とも「ぷよぷよが上手い」ことに価値を認めてないだろ。
だから、選手にたいしてもリスペクトする気持ちも生まれないし「真面目そう」みたいな言葉で笑いあえるんだよ。

あの作品について「田中さんはまじめな良い人です」って評価するの、それ以外に何も読み取れませんでしたって言ってるようなもんじゃないの? 本気か?って思ったんですけど。





田中さんさ、作中でものすごい努力してたじゃん。普段の日常を維持するのに無理してたじゃん。 
細かいシーンでいちいち理性を動員して感情を制御しまくってたじゃん。あれが普通でいいの?ほんとに?
普段からいちいちああいうモノローグが垂れ流して自分の現在を納得させるためにエネルギー使ってるの?それが当たり前なの?
私は、普段いちいちあんなこと考えて生きてませんよ。そんなん考えてたらしんどいじゃないですか。



田中さんは、今の日常に満足しててそれを守ろうとしてたわけじゃないよね。
作中で明確に、現状に不満を抱きつつ、ちょっと先に進みたいっていろんな活動をしてたんだよね。
そういうもろもろの動きを見ていて「田中さんは善良な人だよ」って評価で済ませちゃうの? 
そこは田中さん、ひいては作者が見てほしかったところなの?




それは、ライブに行こうよって誘っては全然付き合わず、自分の話ばかりして気まぐれに「いい趣味だね頭ポンポン」をした彼氏と同じ態度じゃないの?
要するに、彼女が作中でやってきた「ラジオの世界に期待してやったあれこれ」や「彼氏に期待してやったあれこれ」について全く価値を認めてないよね。

この漫画で描こうとしていたことに全くリスペクトも関心もないからそういう感想が出てくるんとちゃうの。



っていうかはっきりとそう書いてるね。

商業エンタメでは、ケレン味がないとヒットが難しい。平凡な人の平凡な日常を最後まで貫くわけにはいかない。同時に、平凡な人の平凡な感情を描かないと、キャラクターが共感されない。それで、平凡な心の持ち主が、平凡でない過剰・過激な行動をする物語が、世の中にあふれている。

多くの人はそれが気にならないようだが、私は気になる。それで、平凡な心の持ち主の異常な行動は、「作者の妄想」あるいは「キャラクターの妄想」と解釈している。

例えば、家族や恋人を殺された人が、復讐心を抱く。これは大勢が共感できる。ただ現実には、遺族による復讐殺人事件は、滅多に起きない。現実には、殺したいと思っても、思うだけに終わる。それがリアルなのだが、そのままではエンタメにならないから、フィクションの世界では復讐殺人が実行される。私はそれを、「……という妄想だったのさ」と解釈しているわけ。

要するに、この人は最初の方で「田中さんらしさ」の閾値を勝手に決めてしまったわけだ。

そして、その閾値からはみ出すことはすべて妄想になってしまうのね。



はあそうですか。 

なんで「この作品は平凡な人の平凡な日常を最後まで貫かなければいけない物語」って勝手に決めてるんですか。

だったら、そもそもフィクション読む必要なくないですか? もう自分の中で許容できる範囲決まってるんですよね。

最初にそれ決めてしまったら後読んでも読まなくても一緒でしょ。 閾値越えたら全部妄想になっちゃうんだから。




人が「らしくない」ことをする瞬間ってそんなに受け入れがたいですか? 

人が自分一人で常に自分を律して、いついかなる時も日常の閾値を超えないなんてことが可能なら、恋愛とか家族とか不要じゃないですか?

そんなに「代り映えのしない現実」が大事なの?





その結果として突飛な行動をした部分は全部なかったことにして「あなたは普段はこんなにいい子だったのに」って締め付けちゃうんだとしたらそれはゲロきついですね。

あくまで私の解釈ですけれど、それって田中さんが一番嫌がってることじゃないかと思うんですよね。

「善良な人」でなければいけないから善良でない部分は過小評価する。それって「物語」に対して「毒親」ムーブかましてるようにしか見えないんですけど。




勘弁してくださいよ。別に田中さんに嫌なところがあったっていいじゃないですか。
なんでそんなに田中さんはすべての面において善良でないといけないんですか。善良じゃない部分があるって認めたっていいじゃないですか。
もう親が、自分の娘に関心がないのにこの娘はこうであるって決めたらその解釈に沿うように現実を捻じ曲げてるようにしか見えないって。



もっと田中さんのいろんな面に関心を持ってあげてくださいよって言いたくなる。


別に私の解釈が正しいとは思わんけどさ。さすがにこの人と比べたら私の方が「マシ」だとは主張したいね。冗談じゃないよ。

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