発達障害に関する議論においてはだいたい「群盲象を撫でる」状態になりがちで
むしろ当事者の方がこの細部の議論にこだわるため全く健常者との間にコミュニケーションが取れていないという話。
「忘れ物が多い」
「空気が読めない」
「こだわりが強い」
昨今、こうした個々の行動特性が切り取られ、「これが発達障害の特性です」と語られる場面をよく目にします。
しかし、それはまるで「群盲象を撫でる」ことわざのような状態ではないでしょうか。
ある人は象の鼻を触って「蛇のようだ」と言い、ある人は足を触って「柱のようだ」と言う。
それぞれは真実の一部分を捉えていますが、象そのものの全体像は見えていません。
発達障害の理解も、これと全く同じです。
部分的な特性だけでその人を「発達障害」とラベル付けし、理解した気になってしまうのは、あまりにもったいなく、そして危険なことです。
なぜなら、その人の持つ豊かな個性や、困難さの背景にある複雑な要因を見過ごしてしまうからです。
この記事でお伝えしたいのは、たった一つの、しかし非常に大切な考え方です。
それは、「発達障害と健常者という二つの世界があるのではない。私たちは皆、生まれながらにして能力に『凸凹』を持っており、その凹凸の差が人よりも大きく、社会生活を送る上で困難(生きづらさ)を抱えている人たちが、『発達障害』と呼ばれているに過ぎない」ということです。
この「人間はもともと凸凹である」という全体像を掴むために
非常に強力な羅針盤となるのが、WISC/WAIS(ウィスク・ウェイス)と呼ばれる知能検査の考え方です。
この検査は、単に「頭が良い・悪い」を測るものではありません。
その人の知能がどのような要素で構成され、何が得意で何が苦手なのか、その「凸凹の形」を浮かび上がらせてくれる、自己理解のための地図なのです。
この記事では、まずWISC/WAISが示す4つの指標と、それによって見えてくる様々な「凸凹パターン」を一つひとつ丁寧に解説していきます。
そして、その知識を通して、私たちが「発達障害」という言葉から解放され、自分自身と他者を、もっと深く、もっと優しく理解するためのヒントを共に探っていきたいと思います。
- 第1章:あなたの「脳の個性」を映し出す4つの鏡〜WISC/WAISの基本〜
- 第2章:凹凸パターンから読み解く「わたし」の物語
- 2.1 全体的に凹凸が大きいタイプ
- 2.2 一つの力が突出しているタイプ:強みと弱みは表裏一体
- 2.3 一つの力が特に低いタイプ:弱点を補う工夫が光る
- 2.4 複雑な凹凸パターン:より多角的な理解が必要なタイプ
- 最終章:境界線のない世界へ〜「凸凹」を愛し、活かす社会〜
第1章:あなたの「脳の個性」を映し出す4つの鏡〜WISC/WAISの基本〜
WISC(児童向け)/WAIS(成人向け)は、世界で広く用いられている知能検査です。
多くの人が「IQ」という言葉を聞くと、一つの総合的な数値(全検査IQ)を思い浮かべるかもしれません。
しかし、この検査の真価は、その数値を構成する以下の4つの指標(4つの鏡)にあります。
これらの指標の数値がそれぞれどのくらいで、互いにどれだけ差があるのか(=凹凸があるのか)を見ることで、その人の認知の特性、つまり「脳の個性」が明らかになります。
1. 言語理解(VCI: Verbal Comprehension Index)〜言葉を操り、知識を繋ぐ力〜
これは、言葉の知識(語彙力)や、言葉を使って物事を説明したり、抽象的な概念を理解したりする能力です。学校で学んだ知識や、これまでの人生経験を通じて蓄積された「結晶性知能」とも呼ばれます。
この力が高いと… 語彙が豊富で、話が論理的。物事を的確に言語化できる。知識欲が旺盛。
この力が低いと… 言葉で説明するのが苦手。語彙が限られ、比喩や抽象的な話の理解に時間がかかることがある。
2. 知覚推理(PRI: Perceptual Reasoning Index)〜見て考え、ひらめく力〜
これは、目から入ってきた情報(図形、絵、空間など)を正しく捉え、それらを頭の中で操作し、論理的に考えて答えを導き出す能力です。新しい場面や未知の問題に対応する「流動性知能」と深く関わります。
この力が高いと… パズルや地図読みが得意。物事のパターンや関係性を直感的に見抜ける。デザインや設計のセンスがある。
この力が低いと… 図やグラフの読み取りが苦手。空間認識が難しく、物の配置を覚えたり、応用問題を解いたりすることに苦労することがある。
3. ワーキングメモリー(WMI: Working Memory Index)〜情報を一時的に保ち、使う力〜
これは、耳から聞いた情報などを短時間だけ頭の中に記憶し(保持)、同時にそれを使って別の作業を行う能力です。よく「脳のメモ帳」や「作業台の広さ」に例えられます。口頭での指示を覚えて実行したり、暗算をしたりする際に使われます。
この力が高いと… 口頭指示の理解が早い。聞きながらメモを取るのが得意。複数のことを同時に考えられる。
この力が低いと… 話が長いと要点を忘れる。電話の伝言が苦手。注意が散漫になりやすく、ケアレスミスが増える傾向がある。
4. 処理速度(PSI: Processing Speed Index)〜素早く、正確に作業する力〜
これは、単純な視覚情報を、速く、正確に処理する能力です。目で見て、判断し、手を動かすという一連の作業のスピードと正確性を示します。
この力が高いと… 書類仕事やデータ入力など、単純なルーティンワークをテキパキこなせる。要領が良いと言われやすい。
この力が低いと… 板書を書き写すのが遅い。作業に時間がかかり、急かされるとパニックになったりミスが増えたりする。
第2章:凹凸パターンから読み解く「わたし」の物語
【重要】 これから紹介するパターンは、あくまで傾向です。
「占いくらいの感覚」で、自己理解・他者理解の「ヒント」としてご活用ください。
人の心や脳はもっと複雑で、これらのパターンに当てはまらないことも当然あります。正確な分析は、必ず心理の専門家にご相談ください。
それでは、これら4つの指標のバランスがどのような「物語」を描き出すのか、具体的なパターンを見ていきましょう。
2.1 全体的に凹凸が大きいタイプ
●凸凹(でこぼこ)パターン:インプットは得意だが、アウトプットが苦手なタイプ
【VCI(言語理解)・PRI(知覚推理)が高く、WMI(ワーキングメモリー)・PSI(処理速度)が低い】=根性論が全く向いておらず、誰かの助けを借りたり仕組みの力で補助しないとどれだけ努力しても挫折続きになります
物語の主人公像: 頭の中には豊かな知識や素晴らしいアイデアが渦巻いている思索家。物事の本質を深く理解する力は高いのですが、いざそれを言葉で表現しようとしたり、作業として形にしようとしたりすると、途端にうまくいかなくなります。「わかっているのに、できない」というもどかしさを、誰よりも強く感じています。
得意なこと(凸): 知識を吸収すること。物事のパターンや関連性を見抜くこと。じっくり考えて、自分なりの深い意見を持つこと。
苦手なこと(凹): 口頭での指示を覚えておくこと(WMI↓)。板書や単純作業を素早くこなすこと(PSI↓)。約束や締め切りを忘れがちで、ケアレスミスが多い。そのため、周りからは「やる気がない」「努力が足りない」と誤解されがちです。
付き合い方のヒント: 苦手な「凹」を根性で克服しようとするのは逆効果です。メモを取る、スマホのリマインダー機能を徹底活用する、作業手順を可視化するなど、テクノロジーやツールで「脳の外付けハードディスク」を作りましょう。急かされる環境は苦手なので、時間に余裕を持ったスケジュールを組むことが心の安定に繋がります。
●凹凸(おうとつ)パターン:コツコツ作業は得意だが、応用が利かないタイプ
【WMI(ワーキングメモリー)・PSI(処理速度)が高く、VCI(言語理解)・PRI(知覚推理)が低い】=いわゆる脳筋というのはこのタイプです。凸凹タイプとの相性が非常に悪いです
物語の主人公像: 指示されたことや決まった手順の作業を、驚くほど速く正確にこなすことができる実務家。真面目で、集中力も高く、周りからは「仕事ができる人」と評価されることも多いでしょう。しかし、抽象的な話や、自分で考えて応用する場面になると、途端に思考が停止してしまいます。
得意なこと(凸): ルールに沿った作業。データ入力やマニュアル通りの業務。短期集中でテンポよく仕事を片付けること。
苦手なこと(凹): 複雑な指示や行間を読むこと(VCI↓)。全体像を把握したり、応用問題を解いたりすること(PRI↓)。要点をまとめて話すのが苦手で、一見適応しているように見えても、「難しい話になるとついていけない」という劣等感を抱えていることがあります。
付き合い方のヒント: 指示は「具体的に」「短く」「一つずつ」が鉄則です。抽象的な言葉(例:「いい感じにまとめておいて」)ではなく、「この項目を、このフォーマットで、〇時までに入力してください」のように、5W1Hを明確にすることが力を最大限に発揮させます。新しいことを学ぶ際は、まずやってみる(実体験)ことから始めると理解が進みます。
2.2 一つの力が突出しているタイプ:強みと弱みは表裏一体
●言語理解(VCI)が特に高い:「言葉の博士」タイプ
口ばかり達者と見られるか、知識の泉と見られるか。豊富な知識と言葉の力を持ちますが、行動が伴わないと「口だけ」と誤解されることも。ギフテッドの傾向がある場合、大人びた言葉遣いで同年代と話が合わない孤独を感じることもあります。
付き合い方のヒント: その知識欲を尊重し、物事をストーリーとして伝えたり、既知の知識と関連付けて説明したりすると、意欲的に取り組みます。行動を促す際は、その行動の意味や目的を言語でしっかり説明することが鍵です。
●知覚推理(PRI)が特に高い:「ひらめきのアーティスト」タイプ
直感やイメージで世界を捉える人。絵を描いたり、パズルを解いたりするのが得意ですが、その豊かな内面世界を言葉で表現するのは苦手です。言葉での指示を誤解したり、自分なりの解釈で突っ走ってしまったりすることもあります。
付き合い方のヒント: 言葉での長々とした説明より、図やイラスト、チャートで示す方が何倍も理解が深まります。思考を整理する際も、マインドマップなど視覚的なツールが有効です。
●ワーキングメモリー(WMI)が特に高い:「聞き取りの達人」タイプ
耳からの情報を正確にキャッチし、即座に対応できる人。口頭指示の理解力や暗算能力に長けていますが、その記憶力の良さゆえに、過去の嫌な記憶に苦しむ(フラッシュバック)ことも。初めてのことには慎重になる傾向があります。
付き合い方のヒント: 聴覚優位を活かし、**音声学習(オーディオブックなど)**が効果的です。視覚的な課題に取り組む際は、その意味を言葉で補足説明してあげると安心します。
●処理速度(PSI)が特に高い:「スピードスター」タイプ
単純作業の速さと正確さはピカイチ。ルーティンワークを驚異的なスピードでこなし、「要領が良い」と評されます。一方で、思考もスピーディーなため、会話が連想ゲームのように飛躍したり、一度に多くのことを言われると混乱したりします。
付き合い方のヒント: 作業のゴールと手順を明確にすることで、その能力を最大限に活かせます。複雑な課題は、得意な単純作業の組み合わせに分解してあげると、取り組みやすくなります。