「#MeToo」のムーブメントで印象的だったのは、今回初めて、年長の女性が年少の女性たちに、自分たちが我慢してきたせいであなたたちを被害者にしてごめんなさいと、謝罪したことです。
年長の女性たちは男性中心の会社組織の中で生き延びるために、「男を立てて上手に操るのが女の智恵」だと言って性差別を容認してきました。
声を上げずに「うまく立ち回れ」という女性は、家父長制の代理人です。女性は被害者であり続けることで、抑圧構造を再生産し続ける加害者にもなります。
セクハラを受忍するコストと告発するコスト。コンフリクト(衝突)を避けてラクになるのと、コンフリクトを起こして問題を解決してラクになるのではどちらがよいか。不愉快さに耐えるのか、自分の理を主張して叩かれるのではどちらがよいか。私は後者だと思います。
このぶぶんすごく大事だなと思う。
【ビッチ(bitch)とスラット(slut)の違い】てコピペbotで回ってきたけどちゃんと前後があったので
— 逆名 (@sakana6634) November 8, 2014
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本来、MeTooはこのプロセスがもっと重視されるべきだったんだと思う。
女性の総体として、どちらを選択するか(あるいはそれ以外の道でも可)というのを女性自身がもっとよく考える機会だったんじゃないかと思う。
男をしばけ!をやることが悪いとは言わないが、その前の段階として「女として、女のこういうありかたを尊重する」という地盤がまず必要だったのだと思う。
しかし現実には、「いわゆる強者男性」側の人間が寄ってきて「男の論理で」「MeTooというかはあちゅうさん個人」を擁護する動きになってしまった。(よっぴーさんや深津さんやフミコフミオさん)
これは悪手中の悪手だったと思う。
これによりMeTooの意識が「リーダーが今まで通りの、男の間でうまく立ちまわれ」という構図になってしまった。
はあちゅうさんがそれを意識してたかどうかはともかく、周りの出しゃばりな男たちがMeTooのイメージを男中心に塗り替えてしまった。
そして、はあちゅうさん自身も、そういう「男の間でうまく立ち回る」「弱者男性をおもちゃにする」などの行為についてなんの総括もしなかった。
その他の女性もMeTooの熱気にあてられて自制ができない様子を見せつけてしまった。
セレブ達がきっちりリードした海外に比べて日本のMeTooはヴェルサイユのパン行進と一緒のような、暴徒めいたやり口が目立ってしまった。
美術品を自分たちの恣意的な判断で撤去させたりと、それに対して批判する動きが弱かった。
その前からのネットフェミニズムの態度の悪さも相まって、「こいつらとは話ができない」というマイナスの印象を強く与えてしまった。
こういう運動のせいで、過激派だけが残り穏健な人を取り込むに当たらなかった。
「新しい生き方への希望」を与えたりエンパワーメントするはずの行為が
むしろ既存の枠組みでもうまく立ち回ってる女性が、個人的な発言力を強化するための道具のような印象になった。
運動は数人の人間に都合よく私物化されているという印象をあたえたあとで、
そういった人間が割とあっさりコミットせずにさっさと手を引いてしまったことで、あとには荒野しか残らなかった。
今からしても、まれに見るくらい初動がだめな運動だったなと思う。
改めて女性たちに必要なのは
もう一度「個々の女性をエンパワーメントするために方向性を示す」というのをまず自分たちだけでやる、という姿勢を大事にすることだと思う。
ここで男が口出ししたり、男のせいにしたり、「なんで私たちがやらなきゃいけないんだ。男たちが考えろよ」とやってる限りは
いつまでも男依存になるか、逆に男を完全に排除した女だけの国しか作れないと私は思う。
そういう意味では、↓の記事は、バズりはするだろうが、たぶんバズって終わりになるだけだと思う。本人もただの愚痴のつもりだろうからそれでいいんだろうけど。
この書き方だと「すでに勉強している人」「聞く耳を持つ人間にしか届かない」と思う。
この「外側に敵を作る論理」は内の結束力を高める作用はあっても新しい人を味方に引き入れる戦略とはならない。
そこで「わたしたちは正しいのに聞く耳持たないあいつらが悪い」とだけ言ってそこでぐるぐるしてるだけなのは社会運動だと思わない。
自分たち以外の立場の人が参加できるように、参加したいと思うような場や空気を作り上げてほしいと思う。(このいう風に言うとすぐに「男の甘え」って言ってくる人いるけどちゃいます。上で書いた通り「まず同性を取り込めてないよ」って話です。あなたがたの発言や運動は同じ女性ですらまともに取り込めてないってところを指摘してる。そこに応えてから男の甘えを指摘してください。不都合なところから目をそらしすぎだよ。女性なら自分の意見に間違いなく賛同してくれるはずみたいな傲慢な思い違いはやめよう)
石川さんの記事は、①人を馬鹿にしながら、②読んだ相手に理性を要求するという二律背反状態になっているので、まぁこれが通じるの、①同じように「誰かを批判しながら」②「すでに理解してるもの同士で盛り上がる」目的の人にしか響かないです。そういうのは「ただの愚痴」といいます。
私も愚痴はくのは好きだからわかるけど、愚痴は愚痴でしかない。それ以上の評価はできない